> Full interview・ユーザーインタビュー全文

Full interview・ユーザーインタビュー全文

picoTAS and CoolSpek contributed to Nature for the first time!
picoTAS と CoolSpek SLIM のユーザー様のご研究が初めて Nature に掲載


相澤 直矢 博士

Dr. Naoya Aizawa

Nakayama Lab., Osaka University

相澤 直矢 博士

大阪大学大学院工学研究科中山研究室 助教



“Delayed fluorescence from inverted singlet and triplet excited states”
Naoya Aizawa, Yong-Jin Pu, Yu Harabuchi, Atsuko Nihonyanagi, Ryotaro Ibuka, Hiroyuki Inuzuka,
Barun Dhara, Yuki Koyama, Ken-ichi Nakayama, Satoshi Maeda, Fumito Araoka & Daigo Miyajima,
Nature 2022, 609, 502–506. DOI: 10.1038/s41586-022-05132-y

※ 研究概要(PDF)

※ English ver. is here

フントの規則を破る有機分子を見出した!


相澤 直矢 博士インタビュー

相澤 直矢 博士(右)と
弊社 中川 達央(左)


——Nature誌への掲載おめでとうございます!

UNISOKU :あらためまして、このたびのご研究の Nature への掲載、本当におめでとうございます。picoTASを使っていただいたご研究では、初めてのNature誌への掲載です。これには弊社一同大変喜んでおります。論文のタイトルですが、フントの規則を破るSingletとTripletのエネルギーの逆転の話だけでも十分凄いと思いましたが、Delayed fluorescence from inverted ・・・、となっているのはなぜですか?

相澤 先生 :ありがとうございます。SingletとTripletの逆転だけならほかにも例があるため、Delayed Fluorescenceをつけないと世界初とは言えないからです。専門家が見れば、励起状態のSinglet (S1)とTriplet (T1) のエネルギー差(ΔEST)を逆転させ、かつ遅延蛍光で光らせた、ということが、「初めてだ」ということが分かるタイトルなのです。


UNISOKU : ScienceでなくてNatureに投稿したのは何か特別な理由がありますでしょうか?論文を拝見しますと、論文投稿の受付が 2021/4/29、アクセプトされたのが 2022/7/21 となっており、実に 1年3ヶ月の期間です。何にそんなに時間がかかったのでしょう?

相澤 先生 : 人によるかもしれませんが、個人的にはNatureへの掲載の方が嬉しく思います。化学の分野では、Science誌よりもNatureのインパクトが高い印象を持っています。査読が長期間にわたった理由ですが、これは単純に査読者がなかなか返事をくれませんでした(笑)。それに加えて査読自体が結構厳しかったです。レフェリーによっては、返信が早い人は早いのですが・・・


——掲載後のご反響はいかがでしたか?

UNISOKU :Nature掲載後のご反響はいかがでしたか?また、応用研究や今後に対して、どのようにお考えでしょうか。

相澤 先生 :教科書で習うフントの規則を破ったということで、皆様から「おもしろい!」とポジティブな反響を頂いています。2022年のC&ENʼs molecules of the yearにもノミネートして頂きました。 また共同研究の話も増えましたし、企業様から実用化したいといったお話もいただきました。
 有機ELの研究は、有機化学・光化学・量子化学・半導体物理といった様々な分野の知識や技術が必要な、まさに応用研究だと思います。おもしろいことに、こういった応用研究からも、基礎科学の知見が得られることは多々あって、フントの規則を破った今回の負のΔESTの研究が好例だと思います。今後は実用化が期待されるような材料、例えばスマホのディスプレイに使われるような新しい分子を発見していきたいと思います。TADFはIタイプとかEとかPとか、初めてつくられた分子の頭文字をとっているのですが、今、新しいタイプの種類の遅延蛍光として、ヘプタジンで初めて作られたのでHタイプというものを提案しています。そこで(ΔESTが負という)新しいタイプの遅延蛍光の分子の性質を調べるという、光化学的な基礎科学を進めたいと思っています。

UNISOKU : 山形大や他共同研究者でのご反響はいかがでしたか?プレスリリースも山形大が出していましたね?多くの方が今回のご研究に関与していますが、差し支えなければご分担について教えてください。

相澤 先生 : はい、セカンドオーサーの理化学研究所 夫勇進先生が山形大にも籍があるので、その関係で山形大学もプレスリリースを出しています。発光などのスペクトル関連の測定や計算は私が主に担当していて、有機合成は宮島大吾博士が中心となって進めてくださいました。


——今回のご研究の着想についてお聞かせいただけますでしょうか?

UNISOKU :セレンディピティ―(*)という言葉がありますが、意外な現象や結果が先に見つかり、理論や目的は後付け、という研究がときどきあると思います。このご研究は、その点についていかがですか?
(*)セレンディピティー: 偶然性によって思わぬ結果を得られること

相澤 先生 :この研究は理論が先にあり、負のΔESTを示す材料を狙って設計しました。1980年代からヘプタジン誘導体の理論研究でΔESTが逆転している可能性が議論されてきましたが、実例がありませんでした。私は実験屋なので、合成して実証してみようと2020年くらいに着想しました。合成が得意な宮島先生達と、ΔESTが負にならなくても小さい分子ができたなら、という目論見でした。年内にはコアなデータが取れ始めていましたが、合成した分子のΔESTが本当に負だとわかった時にはかなり驚きました。


模式図

——分子はどのようにして選ばれたのでしょうか?

UNISOKU :論文には Computational Screening という言葉が登場します。35000種以上からスクリーニングして1000あまりの分子を選び出して、そこからどのようにして今回の2つの分子HzTFEX2 と HzPipX2を選んだのでしょうか? また、その2分子についてはΔESTの量子化学計算もされていますが、計算時間はそれぞれどのくらいかかりましたか?

相澤 先生 :選んだ分子については、まずは合成しやすいもの、あとはカン、ですね(笑)。最初1つめにHzPipX2を作って、これはギリギリΔESTが正で、いけるかもと思い、次はHzTFEX2を作ると、2つめで負のものができました。結構ラッキーでした。ですので、もっと実用的な観点で見ると高性能な分子があるかもしれません。発光特性だけでなくて、キャリアを入れて、トータルの量子収率のいいものとかを考慮すると、まだまだ負のΔESTを有する分子はたくさん存在するのではないかと思っています。あと、光化学的にも新しいので、負の絶対値をもっと大きくしたらどうなるのかとか、まだ明らかになっていないため、その基礎科学的なところもチェックしていきたいです。計算時間に関してですが、EOM-CCSD(*)では1個計算するのに2ヶ月くらいかかりました。もうちょっとチューニングすれば早くなるかもしれませんが、合成して確認した方が早いですね(笑)。計算時間は課題です。 (*)EOM-CCSD:運動方程式結合クラスター法 と呼ばれる理論計算手法のひとつ

picoTASとCoolSpekによる過渡吸収のデータが決定的な証拠に!



——論文掲載まで弊社製品picoTASとCoolSpeKはどのような役割を果たしましたか?

UNISOKU :査読の過程で、picoTASはどのような役割を果たしましたか? 確信を得たのはどのタイミングですか? また論文では、過渡吸収の結果は本文中のFigureではなく、Extended Fig. となっています。Nature誌ではFigureの数に制約があるゆえに、Exetend Figになったのでしょうか?

相澤 先生 :picoTASを用いた過渡吸収測定により、S1とT1の間で可逆的な項間交差が起こっていることを示す決定的な証拠を得ることができました。(Extended Data Fig. 1a-c) 過渡蛍光だけでは、T1が確実に発光に関わっていることを示すことはできません。また、査読の際に低温下の過渡吸収のデータをレフリーから求められたのですが、picoTAS用の薄型のCoolSpeK-SLIMのおかげで、対応することができました。(Extended Data Fig. 3a-c)
この研究ではCoolSpeKを使って、もう一つ決定的なデータを得ています。それは低温にした分子からの発光スペクトルの測定です。一般的なTADF分子なら発光寿命は低温になればなるほど長くなりますが、ヘプタジン分子の場合では発光寿命が短くなることを確認したのです。(Fig. 3-d)このとき、これはいけるぞ!という手ごたえを感じたことを今でも覚えております。
Figureに関してですが、その通りです。Natureでは図の掲載数に制限があります。ですが、Extended Fig.はSupportingよりMain Figureに近い立ち位置です。

Extended Data Fig. 1: Transient absorption data of HzTFEX2.

HzTFEX2の過渡吸収データ(Extended Data Fig. 1a-c より引用):
a. 脱気トルエン溶液中におけるHzTFEX2の過渡吸収スペクトル
b. 脱気および通気トルエン溶液中における0~500 ns間のHzTFEX2の積分過渡吸収スペクトル
c. S1(700nmでの吸収)とT1(1600nmでの吸収)の過渡吸収減衰モニタリング

Extended Data Fig. 3: kISC and kRISC of HzTFEX2 and HzPipX2.

HzTFEX2とHzPipX2の速度定数kISC、kRISC(Extended Data Fig. 3a-c より引用):
a. 脱気トルエン中におけるHzTFEX2における速度定数kISC、kRISCの温度依存性
b. 脱気トルエン中におけるHzPipX2における速度定数kISC、kRISCの温度依存性
c. S1とT1のポテンシャルエネルギー面とISCとRISCの活性化エネルギーの模式図



——picoTASだからこそ取得できるデータが!

Fig. 3: Photophysical properties of HzTFEX2 and HzPipX2 in deaerated toluene solutions.

(Fig. 3-d より引用):
HzTFEX2とHzPipX2における
遅延蛍光時定数 τDFの温度依存性

UNISOKU :データを拝見すると、発光性の強いサンプル、可視から近赤外に渡る継ぎ目のないデータ、ナノ秒オーダーからサブマイクロ秒オーダーのディケイなど、picoTASの特長が見事に生かされています。レフェリーから特にその辺りのコメントもなかったようですが、細かい点で他の市販品では測定が難しいデータであることを、ここで弊社として強調しておきたいと思います! 間違いなくpicoTASだから取得できる凄いデータです。他の装置では取得できないはずです。        

相澤 先生 :確かに、普通は時間分解された吸収/発光スペクトルには継ぎ目とかありますよね。ナノ秒のライズのところも実はとても大事です。




——これまで過渡吸収測定をされたご経験はあったのでしょうか?

UNISOKU :picoTASでの過渡吸収測定のご検討を始められた目的は、このご研究で実験的証拠を得るためですか?また、過渡吸収にはポンプ・プローブ法など様々な手法がありますが、これまで過渡吸収測定をされたご経験はあったのでしょうか?

相澤 先生 :そうです、初めはこの研究のためだけにpicoTASを買いました(笑)。というのも、既知のタイプのTADF分子であれば、過渡蛍光の形がこうなったらTADFというように、ある程度の常識の元で認められます。ところが、今回は全く新しい系なので、過渡蛍光の形では信じてもらえません。Tripletが時間的に遅延蛍光に寄与しているかは過渡蛍光では分からないため、過渡吸収でTripletから項間交差して、寿命が非常に短いっていうことを示さないといけないのです。それはpicoTASじゃないと捉えることはできませんでした。
 過渡吸収測定の経験は私自身にありませんでしたし、身近にもいませんでした。ユニソクさんに教えていただいて感謝しております。また、フェムト秒ポンプ・プローブなどは扱いきれないと思いますし、観察したいところはナノ秒からサブマイクロ秒の領域だったので、picoTASが時間分解能的にも値段的にもちょうどはまりました。


相澤 博士と中山 博士

picoTASを背に 相澤 直矢 博士(左)と
中山 健一 博士〈中山研究室・教授〉(右)

——今後も過渡吸収は行っていきますか。

UNISOKU :今後も過渡吸収の測定は行っていかれるのでしょうか?

相澤 先生 :はい、もちろん続けていきます。今、学生とは少ないpopulationを有するT1に対して過渡吸収測定をしようとしています。

UNISOKU :弊社としても、その答えを聞いて嬉しい限りです。ところで論文ではtripletの追跡に1600 nmを、singletの追跡に700 nmの波長のデータを使っておられるようですが、今回は、tripletだけ、もしくはsingletだけ追跡できる波長が都合よく存在したから、分析に使えたのですよね。励起状態のスペクトルである過渡吸収スペクトルは、事前に分からないですよね。

相澤 先生 :いえ、過渡吸収の計算は可能なのですが、結構難しいです。高次のSn, Tnの50個くらいを計算することでだいたい再現しますが、理論値と実験値では少しずれがあります。


UNISOKU :先日、量子科学計算がテーマの光化学の応用講座を受講したのですが、過渡吸収の話はありませんでした。過渡吸収の計算が可能かを聞きたかったのですが、素人すぎて聞けませんでした。その辺いかがでしょうか?

相澤 先生 :むしろ聞いて欲しいです。UV吸収、基底状態の計算はGaussian(*)で可能です。過渡吸収のモデリングで難しいのは、励起状態-高次の励起状態間の計算です。エネルギーもですが、特に振動子強度。つまりどれだけ吸収が強いのかということですが、励起状態のダイポールの計算と基底状態のそれの計算とでは全然違います。そのため、工夫しないといけません。Gaussianに過渡吸収計算と言うキーワードはありません、実はGaussianでも自分で設定すればできます。それ自体は、あまり知られていません。調べたら、ちゃんとあります。Gaussianで過渡吸収を計算している論文もあります。ただし、そこまで精度がなくて、100 nmくらいはずれますね。ただトレンド的にはだいたい合っています。あと、溶液中っていうのが大きいです。計算上、一分子になりますので。 (*)Gaussian: 汎用量子化学計算用ソフトウェア


研究者を志すきっかけは?



——これまでの経歴をお聞かせ願えますでしょうか?

相澤 博士

相澤 博士

UNISOKU :興味本位の質問ですがこれまでの経歴や、それと研究者になろうと思ったタイミングときっかけ、海外研究でのご経験などをお聞かせ願えますでしょうか?

相澤 先生 :山形大学の城戸研で学位を取得後、九州大学に移りまして特任助教(2015 – 2018)を、そして理研で基礎科学特別研究員(2019-2021)として勤務していました。それから阪大の今に至ります。
 アカデミックの道に進もうと決めたのは、M1かM2くらいだったと思います。就職活動の前に企業見学をしてみたのですが、どうにも自分には向いていないような印象を持ちました。ちょうどそのころ自分が進めていた研究が面白くなってきて、それを続けていきたい思いもありました。D1かD2のときに半年間、ジョージア工科大学へ短期留学しました。ちょうど博士課程への進学のときと東日本大震災が重なっていたので、印象深く覚えております。

UNISOKU :山形大、九州大、阪大、理研と移ってこられていると思いますが、やはりそれぞれの環境は違いますか?

相澤 先生 :違いますね。理研の方が時間がありましたね。その一方で、学生さんとやる方が楽しいので大学もいいですね。理研は本当に学生が少ないので。

UNISOKUにはどのような印象をお持ちでしたでしょうか?



——UNISOKUの印象、光化学との関係

UNISOKU :picoTASご購入前は弊社にどのような印象をお持ちでしたでしょうか? 来社していただいての印象はどのようでしたでしょうか?

相澤 先生 :あまりユニソクさんを知らなかったので、いいも悪いも特に先入観はなかったです。過渡吸収の測定はもともと九州大学に在籍していたときから興味があって、一度説明に来ていただいたことを覚えております。中川さん だったような気がするのですが、それは2017-2018年くらいだったと思います。当時は、ポンプ・プローブの測定装置に5000万はちょっと高いかな、という印象がありました。
*相澤先生には2020年の1月初旬頃にpicoTASのご購入を検討されるということでお引き合いを頂きました。そのあとの同年2月中旬に、一度会社にお越しいただきました。

UNISOKU :弊社はこれまで光化学会に参加してきたのですが、光化学会にはよく出席されていたのでしょうか?

相澤 先生 :いえ、応物とか化学会とか有機EL関係とかがメインでした。多分前回が初めてなんじゃないかな?と思います。今回の研究のように過渡吸収の測定がしたかったところ、検索してpicoTASを見つけることができました。さきがけの予算で購入しました。

弊社デモルームでは過渡吸収測定で励起波長が変えられます!



——デモルームではハイエンドモデルのpicoTASをご利用できます

UNISOKU :来社していただいたちょうど2ヶ月後にあたるのですが、弊社ではデモルームを整備し、picoTASやナノ秒システムなどを並べて有償の来社実験サービスを開始しました。例えば、先生には 励起波長が355 nmのpicoTAS をご購入いただきましたが、デモルームに常設してあるpicoTASでは410 nmから680 nmまで励起波長を変えることができます。時間分解能も100 psと、通常よりも高い性能となっております。先生のご研究ですと、波長を変えたときの分子の応答にはご興味がおありではないでしょうか?

相澤 先生 :理論計算をしていると、分子やその電子状態毎に吸収波長が当然ちがうので励起波長を変えられるのは大変魅力的です。今は高次のSnを励起させて過渡吸収スペクトルを測定しているのですが、S1の状態をダイレクトに励起させるように450 nmの光を入れるとどうなるか興味深いです。


——アカデミック価格でご利用料金は半額に

UNISOKU :先生は picoTAS のユーザー様ですので、年2日まで無償でご実験に来ていただくことができます。是非ご利用いただきたいのですが、3日目からは有償となります。価格ですが、通常1日あたり8万円となっています。アカデミック価格だと、通常料金の半額で1日4万円となります。

相澤 先生 :価格は大変リーズナブルですね。無償来社実験は年度内2回ですか、年2回ですか? (UNISOKU: 年度内までです) 委託実験はされていますか?(UNISOKU: すみません、委託はしていません。)ところで、過渡吸収を委託測定してくれるところありますか?

UNISOKU :我々の知る限りでは多分ないですね。デモルームでの来社実験ですが学生さんに実験に来ていただいて、先生はオンラインで参加される、という方法も可能ですね。

相澤 先生 :過渡吸収って、結構需要あるんですよね。装置を持っているところは忙しいという話をよく耳にします。

UNISOKU :最後になりますが、何か、ユニソクや計測器メーカーに対して希望されることはございますか?

相澤 先生 :picoTASとCoolSpeKを連携させて、自動で過渡吸収の温度依存性が測れるととても便利だと思います。技術サポートなどの顧客へのケアが手厚いので、それを今後も継続して欲しいです。

*来社実験の詳細につきましては、こちらをご参照願います。