相澤 直矢 博士(右)と
弊社 中川 達央(左)
——Nature誌への掲載おめでとうございます!
UNISOKU :あらためまして、このたびのご研究の Nature への掲載、本当におめでとうございます。picoTASを使っていただいたご研究では、初めてのNature誌への掲載です。これには弊社一同大変喜んでおります。論文のタイトルですが、フントの規則を破るSingletとTripletのエネルギーの逆転の話だけでも十分凄いと思いましたが、Delayed fluorescence from inverted ・・・、となっているのはなぜですか?
相澤 先生 :ありがとうございます。SingletとTripletの逆転だけならほかにも例があるため、Delayed Fluorescenceをつけないと世界初とは言えないからです。専門家が見れば、励起状態のSinglet (S1)とTriplet (T1) のエネルギー差(ΔEST)を逆転させ、かつ遅延蛍光で光らせた、ということが、「初めてだ」ということが分かるタイトルなのです。
UNISOKU : ScienceでなくてNatureに投稿したのは何か特別な理由がありますでしょうか?論文を拝見しますと、論文投稿の受付が 2021/4/29、アクセプトされたのが 2022/7/21 となっており、実に 1年3ヶ月の期間です。何にそんなに時間がかかったのでしょう?
相澤 先生 : 人によるかもしれませんが、個人的にはNatureへの掲載の方が嬉しく思います。化学の分野では、Science誌よりもNatureのインパクトが高い印象を持っています。査読が長期間にわたった理由ですが、これは単純に査読者がなかなか返事をくれませんでした(笑)。それに加えて査読自体が結構厳しかったです。レフェリーによっては、返信が早い人は早いのですが・・・
——掲載後のご反響はいかがでしたか?
UNISOKU :Nature掲載後のご反響はいかがでしたか?また、応用研究や今後に対して、どのようにお考えでしょうか。
相澤 先生 :教科書で習うフントの規則を破ったということで、皆様から「おもしろい!」とポジティブな反響を頂いています。2022年のC&ENʼs molecules of the yearにもノミネートして頂きました。
また共同研究の話も増えましたし、企業様から実用化したいといったお話もいただきました。
有機ELの研究は、有機化学・光化学・量子化学・半導体物理といった様々な分野の知識や技術が必要な、まさに応用研究だと思います。おもしろいことに、こういった応用研究からも、基礎科学の知見が得られることは多々あって、フントの規則を破った今回の負のΔESTの研究が好例だと思います。今後は実用化が期待されるような材料、例えばスマホのディスプレイに使われるような新しい分子を発見していきたいと思います。TADFはIタイプとかEとかPとか、初めてつくられた分子の頭文字をとっているのですが、今、新しいタイプの種類の遅延蛍光として、ヘプタジンで初めて作られたのでHタイプというものを提案しています。そこで(ΔESTが負という)新しいタイプの遅延蛍光の分子の性質を調べるという、光化学的な基礎科学を進めたいと思っています。
UNISOKU : 山形大や他共同研究者でのご反響はいかがでしたか?プレスリリースも山形大が出していましたね?多くの方が今回のご研究に関与していますが、差し支えなければご分担について教えてください。
相澤 先生 : はい、セカンドオーサーの理化学研究所 夫勇進先生が山形大にも籍があるので、その関係で山形大学もプレスリリースを出しています。発光などのスペクトル関連の測定や計算は私が主に担当していて、有機合成は宮島大吾博士が中心となって進めてくださいました。
——今回のご研究の着想についてお聞かせいただけますでしょうか?
UNISOKU :セレンディピティ―(*)という言葉がありますが、意外な現象や結果が先に見つかり、理論や目的は後付け、という研究がときどきあると思います。このご研究は、その点についていかがですか?
(*)セレンディピティー: 偶然性によって思わぬ結果を得られること
相澤 先生 :この研究は理論が先にあり、負のΔESTを示す材料を狙って設計しました。1980年代からヘプタジン誘導体の理論研究でΔESTが逆転している可能性が議論されてきましたが、実例がありませんでした。私は実験屋なので、合成して実証してみようと2020年くらいに着想しました。合成が得意な宮島先生達と、ΔESTが負にならなくても小さい分子ができたなら、という目論見でした。年内にはコアなデータが取れ始めていましたが、合成した分子のΔESTが本当に負だとわかった時にはかなり驚きました。
——分子はどのようにして選ばれたのでしょうか?
UNISOKU :論文には Computational Screening という言葉が登場します。35000種以上からスクリーニングして1000あまりの分子を選び出して、そこからどのようにして今回の2つの分子HzTFEX2 と HzPipX2を選んだのでしょうか? また、その2分子についてはΔESTの量子化学計算もされていますが、計算時間はそれぞれどのくらいかかりましたか?
相澤 先生 :選んだ分子については、まずは合成しやすいもの、あとはカン、ですね(笑)。最初1つめにHzPipX2を作って、これはギリギリΔESTが正で、いけるかもと思い、次はHzTFEX2を作ると、2つめで負のものができました。結構ラッキーでした。ですので、もっと実用的な観点で見ると高性能な分子があるかもしれません。発光特性だけでなくて、キャリアを入れて、トータルの量子収率のいいものとかを考慮すると、まだまだ負のΔESTを有する分子はたくさん存在するのではないかと思っています。あと、光化学的にも新しいので、負の絶対値をもっと大きくしたらどうなるのかとか、まだ明らかになっていないため、その基礎科学的なところもチェックしていきたいです。計算時間に関してですが、EOM-CCSD(*)では1個計算するのに2ヶ月くらいかかりました。もうちょっとチューニングすれば早くなるかもしれませんが、合成して確認した方が早いですね(笑)。計算時間は課題です。 (*)EOM-CCSD:運動方程式結合クラスター法 と呼ばれる理論計算手法のひとつ